2006 年
2 月
6 日
日の丸君が代について
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1月29日に「このままでいいの?練馬の教育 東京の教育 日の丸・君が代の強制から見えてくるもの」という市民の集会がありました。学校の先生や保護者の方、卒業生からのメッセージなど、今、学校はどうなっているのか、当事者からの報告を聞き、胸の痛む思いでした。 今年初めて練馬区の「成人のつどい」に出席したとき、壇上の人が全員日の丸の方を見て直立不動で君が代を歌っているのを見たとき、ものすごい違和感を持ったことを思い出しました(私は下で座って見ていました)。成人を迎える人たちのお祝いなのに、お祝いされる人たちより大事なもののように日の丸にみんなが向いている。一番大切にされるのは人ではないのか?と感じたのでした。 発言者の方から、「在日の友人、解放同盟の友人のことを思うと私には歌えない」という言葉があり、私も同じ気持ちだと思いました。私は在日の友人からいろいろなことを教えてもらいました。なぜ在日がいるのか。「あなたと私は同じ人間だけれども違うのだ」ということ。「違う」ということがちゃんとわかるためには、私たちは知らなければいけない。日の丸を掲揚し君が代を歌うことで嫌な思いをする人がいる。怒りを感じる人がいる。そのことを知り、それはなぜかを考えなければいけない。学校は人を育む場所なのだから、人の気持ちや想像力を封じ込めるようなことをしては、豊かな人格など育まれるはずはないと思います。
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