1970 年
1 月
1 日
戦争体験を聞いて
〜新年の挨拶に代えて〜
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私の両親は東京生まれです。父の家は日本橋で試験管やフラスコなどの卸をしており、母の家は本所で材木屋をしていました。しかし母方の材木屋は東京大空襲でみんな焼けてしまったとのことです。 私が小学生の頃、8月15日は全校登校日でした。3、4年生くらいのとき、担任の先生から「両親に戦争の話を聞いてきなさい」といわれ、母から空襲の話を聞きました。B29から雨のように降ってくる焼夷弾、戦火から逃げるために隅田川に飛び込むおおぜいの人、たくさんの死体を乗り越えて必死に逃げたそうです。父は空襲のときは静岡の学校に行っていましたが、2.26事件があった日のことを話してくれたことがあります。雪の降る夜、日本橋の父の家にも銃弾の音が聞こえてきたそうです。 イラクへの自衛隊派遣が決まりテレビや新聞などでは、評論家や政治家がいろいろなことを言っています。でも、実際に戦渦のなかを逃げ回った人たちの声が聞こえてくることはありません。父や母の戦争の記憶は恐ろしくて、辛くて、悲しいことばかりです。多くの人が口にするのも嫌なのかもしれません。母も私が先生に言われなければ話すことはなかったのでしょう。それでも私は、母から自分の体験したことを子どものときに聞けてよかったと思っています。正しい戦争なんてあるわけがない。多くの人の心も体も傷つけてしまう。日本でもイラクでも傷つくのは普通の人です。私が両親から聞いた話は、実際に戦争を体験した人の話とは比べものにならないかもしれませんが、自分が口を閉ざすことで、戦争によって心を閉ざす人をまた生み出すことになるのが、悲しくてやりきれないと昨今の報道を見て感じます。どうぞあなたの知っていること、体験したことを、あなたの身近な人に伝えてください。「もう二度と戦争はしない」と書かれた憲法は、たくさんの辛い思いの上にあるのだと思います。
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